Kenの研鑽~日々の内省ログ~

思いを言葉にし、知らない自分に出会う。

ご安全に②。

早く帰れたので、早めの晩酌開始でした。

 

ニュースを見ていたら、中学生にスタントマンの方が交通事故にあった時を再現されている映像が出てきました。めちゃくちゃ説得力があります。テレビで見てても怖いです・・。スタントマンさん尊敬します。

 

お隣さんのお父さんが先月交通事故で亡くなりました。30歳くらいだそうです。小さなお子さんがいます。

 

お子さんがキャッキャと声をあげて家の周りで遊んでいるのを見て、胸がしめ付けられるような思いになります。お母さんの悲しさ、無力感、大変さ。お父さんの無念さ。そして、そのうちお父さんが交通事故で亡くなったことを理解する日がくるはずのお子さんの事。交通事故は遠い世界で起こっているのではないことを痛感します。

 

胸が締め付けられる私は、単純な同情を通り越して、自分ごととして想像しているように思えます。自分が交通事故にあったら・・・。家族が交通事故にあったら・・。家族を本当に大事に思っている自分が見えてきます。一人になったら泣きそうな・・・。

 

車の運転は集中して!そう強く思います。

皆さまも、ホントにホントに気を付けて。車を運転される方も、自転車も、歩く方も。お気を付けください。ご安全に。。。

 

自分で歩く

黒い山の上にぽっかりと浮かぶ三日月の今夜。

ゆっくりと流れた時間の事を思い出しました。人生で二回だけ。

 

■大学受験が終わって初めての一人旅で行った鳥取砂丘

■サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジを見下ろせる展望台。

 

音がない、私だけの世界。風だけを肌に感じる。そんな時間でした。

 

ゆっくりと感じた時間・・思い出してみると両方とも何かをやり遂げた後で心が満たされた時。満たされたと感じたのは・・

 

たぶん、思うように自分の時間を自分の足で歩いたという感覚・・。

 

私はきっと「自分で歩く」ということを大事にしているのだろうと思います。なかなかしっかり自分で歩いたと思えることは少ないのですが、心の中ではそんなことを目指しているのかなと思いました。実際の行動はそうならないことばかりなので、それが心を辛くしてしまうこともあったりするように感じました・・・。(ロジャーズの自己理論の不一致ですかね)

 

でも、大事にしてることがあるのはいいじゃない!と思いつつ玄関を開けました。

 

ふぅ、ただいま~。

 

進化

朝の勉強をしていて、最近随分「執着」を手放せるようになってきたなぁ・・と思い、年をとっても「進化」するものだと感じました。

 

カウンセリングのブリーフセラピーで中心哲学は以下の3つとあります。

<ルール1> もしうまくいっているのなら、変えようとするな
<ルール2> もし一度やって、うまくいったのなら、またそれをせよ
<ルール3> もしうまくいっていないのであれば(何でもいいから)違うことをせよ

 

引用 : 森敏夫・黒沢幸子 (2002). <森・黒沢のワークショップで学ぶ>解決志向ブリーフセラピー, 22

 

私は自分がやると決めたことに執着する方です。

 ジョギング50分, 4km以上。ビジネス書の仕事術。朝のカウンセリング勉強30分以上。などなど。上手くいってようといまいと、延々とやり続ける。他の事をやって見ればいいんですけどね。

 

 

なぜ延々と続けるのか内省・・・。途中で止めるのは全部悪。やめるのが怖かった。なんだか自分が「✖」みたいな感じに思えて。「✖」を自分に着けたくなかったのかな?と思います。

 

たったこの数年の間に、カウンセラーの先生に出会い、良い友達に恵まれ、カウンセリングを勉強する中で、「執着」を少しずつ手放せるようになったように思います。

 

「執着」を手放すことで心の身動きが取れるようになったような気分がしています。そんな自分に、まだまだ可能性があるよーと思いました。半世紀生きたおじさんですけど。まだまだ!どんどん進化できる!

 

とてもとても恵まれた、素敵な人や環境に感謝感謝。。

 

まじめさん

私は工場に勤めています。

 

工場は品質としても数量としても、どれだけ安定してOutputし続けることができるかがとても大事です。なので数値目標であるKPI (Key Performance Indicator) が重要視されます。重要経営指標とでも言いましょうか。

 

そのKPIが満たせそうかの指標が更に下位にあります。各部門やグループは自部門の下位KPIを満たすように頑張ります。下位KPIが満たされれば、親のKPIが満たされるという図式です。

 

工場に25年以上勤めているのに、私はKPIが好きではありません。なぜかというと、みんながみんな下位の自分のKPIを満たせば良いという考えになるからです。俯瞰して工場全体を見なくなります。工場全体を考えると、時には自部門のKPIが下がっても、他部門のKPIを優先すべき時があります。でもその時それを譲らないのです。皆自部門のKPIが大事。。自分の評価に直結しますしね。

 

でも私はそれがどうしても嫌なのです。そんな場面に出くわすたびにガッカリします。自分の価値観に合わないだけで、それが悪いわけではないのかもしれませんが、会社との個人との契約は「会社の儲け活動に加担するかわりにお給料を頂く」というものだと思っているので。

 

今さっき、そんなメールを見てしまって、前述のような思いがあることを再認識しました。一人一人の力があって、協力しあって会社が動いていると思っているので、もっと俯瞰して、会社にとって一番良い方向へ向かって皆で努力しようよ!と強く感じてしまいます。。

 

私のパーソナリティなのでしょう。。これもまた良い気付きになりました。私がまじめすぎるんですかね・・・。まじめすぎるというのは、小学生くらいからよく言われていたように思います。

 

・・はい。私が「まじめさん」です (^^)

 

それも私の心

夕方までは機嫌よく仕事してました。Aさんから一つチャットが入ってきます・・

 

「〇〇 のシステムが上手く入力できないんですけど・・・」

 

そんなにテンパってなかったのですが、イラっとしました。ものすごく。色々調べて入力方法ではなく、システムそのものがおかしい事がわかりました。

 

その5分後にBさんが全く同じことを聞いてきます。さて、どうなったかというと・・

全然イラっとしないのです。机まで行って「あーこれ、今さっきおんなじ問い合わせありましたよ~」という感じ。

 

Aさんはイラっとして、なぜBさんはしないのか? 自分でも不思議でした。心の中をあれこれ探ってみると・・

 

  • 問い合わせ内容としては全く一緒。
  • イラっとしたAさんは礼儀正しい人で、頼まれ方が横柄な感じでもない
  • 二人とも同じ部門の人・・

 

なんでだろう・・。分からないので視点を変えて、同じことを頼まれたらイラっとする人といったら・・いたっ!Hさん!  この人は比較的偉い人なのに、文句ばっかり言って、肝心なときは管理職側の立場に立たないし、都合が悪い時は何も言わないし・・・。

 

Hさんはわかりやすいのですが、もしかしてAさんにも同じことを感じているのか・・そんな気がしました。なにか過去にそんな経験をしたのかもしれません。

 

管理職としてこうあるべき。というところの価値観がHさんとは全く合わないので、好きになれないのかなと思います。Hさんの考えが悪いということもないと思うのですけど・・。自分がこうありたいと思う管理職像から、かなりかけ離れた人ではあります。

 

管理職としてこうあるべき。というのは私の価値観の中で大きなウエイトを占める部分のように思います。よく考えると、過去仕事を一緒にしてきた中で嫌いな人は、もれなくこれに当てはまることに気付きました。

 

価値観がぴったり合う人などいないと思います。でも大きくかけ離れると、それだけで頼まれごともイラっとするものなのかなと思いました。そうでない人に対しては、お役に立ちたいと思うのに。。。

 

人間なので仕方ないのかなぁと思いつつ。仕事なのでやるべきことはやるにしても、やはりHさんのことは好きになれない。でもそれも私の心なので、良しとします!Aさんとは何があったんだろう。。そのうち思い出すのかな。。

バイブル

帰宅するなり、奥さんが機関銃のようにしゃべります(笑)。実家のお父さん、お母さんのこと、お兄さんのこと。

 

今日はものすごくしゃべりたかったようで、着替え中の寝室までついてきて、ずーっとしゃべってました。いっとき下着で話聞きましたね・・(笑)。

 

ひと昔前までは、話聞くのが大変だったのですが、最近はすっかり話を聴くのが楽しくなってきました。彼女の思っていることを知って、共感して、「そうよね~」とか言ってるのが楽しくなっています。私の大事な幸せを感じている時間。

 

私の心に変化が訪れたのは、数年前にカウンセリングを私が受けていた時に、カウンセラーの先生にヒントを頂いて見つけた一冊の本を読んでから。こちらです。

 

アービンジャー・インスティチュート (2014). 日常の小さなイライラから解放される「箱」の法則 感情に振りまわされない人生を選択する,  きずな出版 .

 

私の人生のバイブル。もう10回以上読みました。これを読んで、実践して、ちょっとギスギスしていた夫婦関係が改善されたと感じています。すると奥さんが劇的に変わったのです!! ・・・・ と一瞬錯覚しましたが、実はただ自分が変わっただけです。ギスギスは全部私の選択だったと気付きました。。

 

今日奥さんと話しながら、この本のことがふと頭をよぎりました。また読み直してみよう・・。新しい発見があるような気がしてきました。

 

自分の思いをこうして言葉にすることは、知らない自分を知るための一つの方法と思いますが、良い本と出合って、そこから内省して自分を見つめてみるのも、改めていいことだなぁと思った、だいぶ肌寒くなった水曜日でした。

 

力(りき)む私

特に残業があったわけでもなく、何か失敗したわけでもないのですが、今日はどっと疲れました。会議が少なくて集中して自分の仕事をたくさんしたせいか。(会議も集中しましょうね)

 

同じ仕事をしても私はきっと他の方より疲れます。原因はわかっています。何をするにも集中している時に、とにかく ”力む” のです。

 

この ”力む” 現象に気付いたときは衝撃を受けました。。自分の事ですけど(笑)。PCでキーボード入力するときに、かなりの力でカチャカチャ、いやもう擬音としてはバチバチするのは当然で、、、なんと、入力時に息を止めているという。。

 

体全体を硬直させて息を止めて入力する50過ぎのおじさん・・・・。

 

疲れるわけです。気付けば一回休憩!とかしますけど、集中しすぎて気付かないと、そのまんま作業して、夕方あたりにはもうへべれけです。

 

ただのクセなのか? 何故にそんなに ”力む” のか。内省・・・。

高校生の時に剣道をしていましたが、先生によく「力むな~」と言われていたのを思い出しました。そんなに上手くなかった私は「技術は元気と勢いでカバー!全力で!」 と自分に言い聞かせてました。そのあたりから来てるのかな・・・。でも、元気が良かったので最後は団体戦のレギュラー頂けたんですよ。そんな成功体験も”力む”=良い事 になっている原因の一つかもしれないです。

 

もうちょっと優雅に仕事したいな~と思うのですが、ちょっと治りそうにないです(笑)。”力む” 私なので、今日はハイボール飲んで、体をしっかりいたわってあげようと思います。

 

おつかれさまでした。