Kenのカウンセリング研鑽とたまにバーボン

自己研鑽! 駆け出し産業カウンセラー&キャリアコンサルタント。バーボンと砂肝大好物!!

足し算でいこう!

ついつい自分のネガティブなところに焦点を当てがちです。そこに焦点が当たるとそれに頭の中が占有されます。ひとつ上手くいかないことがあると、「あ、自分って全然ダメだ、全部ダメ!」となります。ネガティブな受け止め方のクセ(認知の歪み)です。私のクセ。私は、これの対処に「足し算」の思考。

 

カウンセリングを受けて、自分もカウンセラーになって、いろいろ勉強して認知の歪みを知り、そしてそんな自分を受け入れることで、このクセにはまっている時に気づくようになりました。はまっている時は、膨大なエネルギーを使って自分を責めていて、とても辛いです 。(7/26ブログ「ネガティブな受け止め方のクセ」ご参照を

 

そんな時に、じゃーん『海鮮丼モデル』~♪ (すみません、ネコ型ロボット様)
「今日はエビがのってないじゃん、こんなの海鮮丼じゃない!」という引き算の思考から、「今日は何もないご飯の上にタコとサーモンだけでも乗った。これで醤油をかけたらバツグン!。あとはおいおい乗せればいい」と足し算の思考へ・・・解放解放。。気づいて解放してあげられると楽になります。出来ていること(タコとサーモン)に焦点を!

 

足して、足して、足し算でいこう!だって私は完成してないんだから。朝からそんなことを思う夏休み2日目です。

 

足し算しましょ。

 

 

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働くということ

キャリアコンサルタントのお仲間にご紹介頂いた本を読みつつ自問自答。「なんで働いているんだろう? 自分にとって『働く』の意味は? こうやって本質的なことに思いがめぐるっていいなと思いました。本ってすばらしい!

 監修 池上彰 (2020). なぜ僕らは働くのか 君が幸せになるために考えて欲しい大切なこと, 株式会社 学研プラス 

という本です。 本当にいい本だと思いました。中学生や高校生に将来の働き方について考えてもらうために作られた本だと書いてあります。私は大人が時々にある転機に、自分の仕事観を見直すためにも非常に良いと思いました。私としては永久保存版です!

 

仕事で誰かの役に立つこと、誰かとつながること。働くと幸せ、などなど書いてあります。ホント学生の時に出会いたかったです。この本・・・。私という存在が先にあって、自分がその(働く)意味を決定する。カウンセリングの勉強の中では実存主義ですかね? ちょうどフランクルのロゴセラピーに関連する本を読んだ直後だったので、そんなことを思いました。

 

誰が決めるのでもなく、私が決める。でもなんだっけ?? あれこれ思いを巡らせてこんな感じ。

  1. お金のため、生活のため(20%)
  2. 社会人としての責任 (5%)
  3. 請け負った仕事に対する責任 (20%)
  4. 今の職場に私を拾ってくださった上司への恩返し (5%)
  5. チームメンバー(部下の皆さん)の幸せの為(→結果自分が幸せ) (50%)

超正直ベース(笑)。お金はやっぱりありますね。でもよくよく考えると、常日頃いろいろ没頭している時に頭の中でグルグルしてるのは間違いなく5番です。最終のお客さんのお役に立つという観点が全くないのが気になるところですが、正直なところです。

 

今時点では、私がマネージャーとして働くことで紡ぎだす「創造価値」は、チームメンバーの皆さんが受け取ってくださる幸せという「体験価値」。そう思うと、なんだかすっと腑に落ちました。こうやって自分と向き合うことって大事だなと思いました・・・。

 

最近であったいい本。何をあなたに語りかけましたか?

 

いい顔

今日はとてもいい事がありました。チームメンバーの『いい顔』を見ることが出来ました! 言葉で表現するのが難しいのですが、きりっとして、やる気に満ち溢れた、本当にいい表情で。そうすると私もとてもうれしくて。幸せを感じました。マネージャー冥利につきます。

 

メンバーとの定期面談。今回は事前に時間をかけてバッチリ準備。皆のキャリアにも思いを馳せながら、それぞれの次期の業務について考えていきました。思いって伝わるんですかね。。。みんな前向きで、建設的で。建設的だから意見が会わないところも、お互いに理解しようとして、お互いがキチンと主張して。決してけんか腰でなく。私のマネージャー人生で一番いい定期面談だったかも!とか心の中で自画自賛(笑)。

 

「チームメンバーの皆さんに、たくさんの幸せを感じて頂ける人生を送って頂きたい。」(8/3のブログ『マネージャーである意味』から)

これが私のマネージャーであることの意味でした。少し近づけたような気がした定期面談祭りの水曜日でした。

 

皆さんの周りのいい顔。。。どんな顔ですか?

 

マネージャーである意味

私はある工場でマネージャーをしています。私は何故マネージャーでありたいのだろう? そこにどんな意味があるのだろう・・・。あれこれの内省の後、「チームメンバーの皆さんに、たくさんの幸せを感じて頂ける人生を送って頂きたい。」ということにたどり着きました。(『チームメンバー』は『部下』のことで、私はチームメンバーと呼んでいます。)

 

 ものすごく唐突ですが、フランクルのロゴセラピーに関する本を読んでいて、そんなことに思いが至りました。フランクルは、人間は、人生から問いかけられている存在。とされたそうです*1。最近マネージャー職に対して、少し迷っていたようにも思います。私は本当はマネージャーとしてどうありたいのだろう・・。色々思い当たるところはあったのですが、今一つ釈然としてなかったのです。そこで、ロゴセラピーの考え方を使って、「マネージャーという役割は私に何を問いかけているのだろう?」 と自分自身に問いかけて、内省してみた結果が冒頭の結論です。

 

 ちょうど人事考課の時期で、マネージャーとしての仕事がたくさんあったこと。チームメンバーとの定期面談をする上で、よいインプットをキャリアコンサルタントの先輩に頂いたこと。自分はキャリアコンサルタントなんだから、チームメンバーにもっと何かしなければならない。。。など。これを書きながら思いましたけど、大分焦ってますね。マネージャーとしてこうあるべきだ!という思考。そうやって迷路に入ったのかもしれません。

  

木を見すぎて、森が見えなくなっていたようです。「チームメンバーの皆さんに、たくさんの幸せを感じて頂ける人生を送って頂きたい。」と明確に言葉で表したことはなかったのですが、これを成すことが、私がマネージャーでありたい意味だと確信しました。チームメンバーそれぞれに幸せの定義は違うでしょうから、それぞれに合った業務やキャリアのサポートをしていこうと、心に決めた月曜日でした。ちょっぴり自己概念が成長したかな・・。

  

何か自分に釈然としない時は、森が見えなくなっているかもしれませんね。。

 

*1:松山 敦 (2018). 君が生きる意味ーー人生を劇的に変えるフランクルの教え, ダイヤモンド社 

ボランティアを自分のために

私の場合はボランティアは自分のためにしているなぁと、今日改めて思いました。

 

私が思うボランティアをする理由を整理すると、

  • ① 社会を構成する一員としての責任を果たしたい
  • ② お役に立ちたい
  • ③ 自分の心(自己概念)の成長の一助としたい。これはボランティアをすることで、その行為の先にある「人や環境」に思いを馳せる事で、心が豊かになる事を期待という意味合いで。

 といったところ。
責任を果たしたい、お役に立ちたい、成長の一助としたい。私の場合は全部自分の為だなぁと思ったのが、「ボランティアは自分の為」の理由です。自分は良かれと思ったボランティアも、実はその向こうにいらっしゃる人にとっては、迷惑な行為かもしれない。どう捉えるかは人それぞれ。各個人が持つ価値観の枠組み(内的準拠枠)です。そう考えると、なおさら自分の為だと思えます。

 

今日は朝から地区清掃。住宅地の端の法面にうっそうと茂っている草を刈りました。たった2ブロック先の景色は見たこともないほどのジャングルで(笑)。本当は暑いし行きたくなかったけど、やっぱりお世話になっている地区の為のと思って、草を刈る(①)。端のご自宅で過ごされている方は、さぞかし鬱陶しいだろうな・・・と。そんな風に思いを馳せながら、草を刈る(②,③)。汗だくになりましたけど、最後までやりました。もちろん、マスクして、熱中症対策をしっかりして。

 

私のボランティアは自分のため。ボランティアをさせて頂く機会に感謝して参加させていただく。自分以外の方にとって、私の行為が良いかどうかはわかりませんが、ありがたく自分の心の成長につながるように、心をこめてボランティア。そんなことを思った日曜日の朝でした。

 

ちょっと暑いですけど、ボランティアで汗を流してみるのもいいかも? (熱中症に気を付けて)

 

ともだち

近くにいなくても、頻繁に話さなくても、何故か近くにいるように感じるお友達がいます。何かこう、意識が少しだけでも繋がってるような感覚です。科学的には全く説明つきませんけど、そう感じる友達が数人います。幸せを感じます。本当にありがたいことです。


時々のラインとか、電話とか。物理的なつながりはそれだけ。だけど、ここ一番とか、感情が大きく動いた時とか、ふっと心にやってきてくれるお友達。時には厳しく、時には優しく。嬉しいときも、しんどいときも。過ごしいてく時間の中で、ちょいちょい私の心に顔を出してくれるお友達。いつも本当にありがとう。


人は社会の中で生きるので、つながりが大事だと思うのです。こんなご時世ですし、そんなにたくさんはあって話もできないし、飲み会も出来ないけど、何かしら繋がっていると感じることが必要な気がします。だから、どんなに遠くても、私も私の気持ちを飛ばします。お友達のもとへ!


あなたの心にはどんな人が顔を出してくれてますか?

シラサギに学んだモノの見方

焦点の当て方でモノの見方が変わる。見える世界が変わる、新しい側面が見える。今日はそんなことを感じました。


今朝、車で通勤中に田んぼにシラサギがいるのを見つけました。美しい、シュッとした白い鳥です。目に入ったシラサギ、なぜか今日は足に目が行き…なんと、足が黒かったのです。そもそも今まで足の色なんて全然気にしてなかったので、「えっ黒?」と思いましたね。黒だとは全く思っていなかったのです。


私は田舎者なので、今までに何百回もシラサギを見てきたと思います。しかし今日の一瞬で、シラサギのイメージが変わりました。幻想的な白い鳥というイメージから、野生でたくましく生きる鳥のイメージへ…。たまたま足に焦点があたって、足を黒と認識しただけなのに。


見ているようで、見ていない、見つめていない? 後でネットで調べたら、くちばしの色が夏と冬で変わる種類もいるそうです。モノの見方は、焦点を当てるポイント、方向性、角度だけでなく、時間軸でも変わってくる…。たとえ、しっかり見つめても、それはその一瞬の静的なもの。モノの見方の多様性をシラサギに学んだ朝でした。


慣れ親しんだ周りの何かも、違う焦点の当て方で、新しい何かに見えるかも?