Kenの研鑽~日々の内省ログ~

思いを言葉にし、知らない自分に出会う。

胸につかえる感じ

 

昨日は「人に好かれたい自分がいる→内省→出来るだけたくさんの幸せを感じて生きて行きたいという自己概念に繋がっていそう‥」というでした。

 

続きです。

 

たくさんの幸せを感じる事が人生で最もやりたいことですが、大切にしている事=価値観はこれだけだはありません。まだいくつもあります。他の価値観と「人に好かれたい」が相いれない時があるのです。

 

自分の思いを届ける事で、嫌われてしまうかも‥。人には好かれたい、でも価値観Aは曲げたくない。という葛藤状態になります。

 

心理学者クルト レヴィンの葛藤の理論では、接近ー回避型といわれています。「ケーキは食べたいけど、太りたくない。」という例がよく使われます。接近すると回避したい状態がついているという・・・葛藤。

 

コミュニケーションの中で時々ある胸につかえる感じは、この葛藤から来るものかな〜と思いました。

 

書いてて、すっとでてきた「胸につかえる感じ」。これが私が感じる生きづらさの正体のような気がします。せっかくここまで思考が進んだので、出来る限り自分の事を観察してみようと思います。

 

 「人に好かれたい自分」から「生きづらさのもとの胸につかえる感じ」へ。ずっと前から知っていた感覚ですが、頭の中で捉えたことはありませんでした。はじめまして(笑)。

 

もし観察して上手く捉えられたら、「この子」にも名前を付けて、一緒に過ごしていく術を探してみたいと思います。

 

人に好かれたい自分

 

あるプログラムを部門に展開することになりました。概要を説明して、担当を決めたりします。会議が終わった所でふと、

 

人に好かれたい自分がいる・・

 

そう思いました。そんな思いを抱く人も多いと聞きますが、私は何故人に好かれたいと思うのだろう・・人の思いとか感じ方とか100%分かるわけではないのに。

 

内省・・。所属の欲求か?勝利欲求か・・・?色々浮かんでは消えていきます。イマイチしっくりこない。。。それでは逆から攻めてみよう。。。明日起きたらたくさんの人に嫌われているとしたら。

 

・・・それはかなわんなー。生きづらくて仕方がない・・・

 

そう・・。これを再度逆にすると、私は生きづらくなりたくないから、人に好かれたい・・。何故かというと、生きづらくなると、幸せを感じにくくなりそうだから。私の自己概念の「出来るだけたくさんの幸せを感じて生きて行きたい」というのに繋がっていくのだろうと思えました。

 

今日の様な会議のほかにも、上司と話している時や、メンバーとの1on1の時も。あらゆるコミュニケーションの場で無意識に働いている思考のように思います。これが少なくなると、もっと楽になるのだろうと思ったりもしますが、こうやって思う自分も、なんだか自然だなぁと思ったりもしました。

 

今回は、この先さらに思考が続きます・・・また明日のブログで。。。

 

たくさんの幸せを

 

今日は以前から申し込んでいた、社外のZoomセミナーに参加できる機会に恵まれました。

 

3/21は世界ダウン症の日です。ダウン症のお子さんを育てるお母さんが、子育ての苦労や、ダウン症の事を話して下さいます。

 

強い言葉の端々の震える感情が、イヤホン越しに伝わってきます。


「心から子供がダウン症であることを受け入れるのに少し時間がかかったと思います。」

 

私にも似たような経験があります。我が子はダウン症ではなかったですけど。私の場合は心から受け入れるのに数年かかったように思います。頭の中で過去のビデオが流れます。

 

音楽療法に連れて行った帰りの車で辛くて泣きそうになった事。ファミレスで他のお客さんに睨まれて悲しかった事、公園に連れて行くのをためらう自分が嫌だった事。

 

Zoomの向こうのお母さんと同期する様に心が震えます。

 

長く続いたこの経験は、私に

「出来るだけたくさんの幸せを感じられるように生きたい。周りの全ての人、モノ、環境に感謝出来る人になりたい」

という、自己概念を形成させたと思います。

 

この自己概念は私の核。大事にして行きたいと改めて思いました。

 

スピーカーのお母さんとご家族が、どうかたくさんの幸せに包まれた人生を送れますように‥と祈りながら、Zoomの退出ボタンを押しました。

 

若干父親23年生

 

家族そろっての夕飯時、もう成人した子供たちの小さい頃の写真を見せつつ、わいわい。海苔巻きあられをなめて海苔を口のまわりにべったり。とか、ころころと丸い赤ちゃんの頃とか・・・。大笑いで。

 

あ~、本当にいろいろあったけど、23年よく頑張ってきたな~と感慨にふけるのかと思いきや、全然そんな気にならなかったです。その時の私の感情は、この先の娘と息子はどんなに素敵な人生を送るのだろう。楽しみだな~ という感じでした。

 

親ってそんなものなんですかね? 二人がたくさんの幸せを感じる人生を送ってくれることに根拠のない確信を持ちます。。ホントに根拠ないです(笑)

 

私は親として十分なことができただろうか? なんて思いも全くなし。とても十分なことが出来たような気がしないのになんでだろう。。。

 

・・たぶん、出来た出来ないは全く関係なく、全力で4人で生きてきたから。全部の歴史が全力だから。生きた、生きた、生きた。それだけの様な気がします。私は父親というより、一人の人間として、この家族の中で生かして頂いていたという感じの方がピッタリきます。

 

若干父親23年生。まだまだたくさんの事を子供たちに教わり、奥さんに教わり、もっともっと充実した人生が送れるように、一人の人間として、たくさんの幸せを感じて生きて行きたいと思った、野菜炒めの夕飯時でした。

 

置き去りの本心

 

昨日は引越し関連の用事で休暇でした。昨夜寝る前に「仕事の事」で恐怖が私の心に広がります。無理やり寝て今日。。心配するほどの事もなく、万事色々進みます。

 

昨夜の恐怖を振り返ってみます。なぜそんなに恐怖を感じるのか・・・。

 

まず、納期遅れの重要な仕事が頭に引っかかってます。これが関係あるのは間違いなし。仕事量は変わらないけど、休暇を取った1日分だけ遅れてしまうプレッシャー? もともと緊急の仕事、この仕事よりも重要な仕事が追加で入ってきたので、分かった上で遅らせている仕事。誰からも責められてません。

 

キチンと再スケジューリングすれば済む話だったのか? ただ遅れてるだけになってるのは良くない。。。

 

それもあるけど、何か違う・・・。

 

・・・どうも、遅れていることを許していない自分がいそうです。本心では遅れるべきではないと思う自分。優先順位を後ろにせざるを得ない現実。現実は現実なので、それを優先すると本心が置き去りになる。。。

 

そのあたりを許せるようになったら。もっと生きやすくなるのかな? と思いました。私の本心は、遅れる私を許していないように感じます。完璧主義な私が見え隠れします。

 

恐怖は私自身が増幅していると頭では分かっているのですが、いざそういうスイッチが入ると、恐怖が暴走する方向にしか行きません。自分の心をコントロールするのは難しいなと、冷静になった今はそう思えます。

 

恐怖を感じているその時に、冷静な思考になるのは難しいです。でも、恐怖を感じている時は辛いので、本心が置き去りになっていることを、少しだけでも許してあげられたらいいなと思いました。だって現実の中で生きているのだから・・。

 

恐怖は身を守るために、人にとって必要な感情だと勉強しましたが、やっぱり辛いです。本心は本心であるのでフクザツ・・・。

 

世の中ではこれを「バランス」とか「折り合い」といった言葉で片付けそうですが、私の心は、そうもいかなそうです。私にとってはとても難しいので、小細工なしでそのまま付き合っていく事にしようと思った、休暇明けの火曜日でした。。。

 

推し量られる価値

 

いよいよ引越しのための整理を始めました。

 

このお家には16年もお世話になったので、たくさんのモノがため込まれています。奥さんの提案で、とりあえず売れそうなものをリサイクルの買取屋さんにもって行くことにしました。

 

古いラジカセとか、ビデオカメラとか、大昔にスマホを契約するときにもらったおまけのスピーカーみたいなのとか、レコードとか!(笑)。台車いっぱいになるくらい。

 

買取金額予想・・・

私:350円
奥さん:2,000円

 

私:「いやいや1,000円超えちゃうなんてないでしょ。」
奥:「いや2,000円は絶対ある!」
私:「じゃぁ今日の晩ご飯売れた金額のみで!!(笑)」
みたいな会話もしつつ査定を待ちます。

 

・・結果は・・なんと、4,200円!!

 

「価値」とは見る人、その時の都合で全然違ったものになるものだと思いました。モノの価値ですらこれだけ違うので、人の心にある価値観など、当然推し量れるはずもないなと痛感します・・・。

 

カウンセリングをさせて頂く身としては、特に気を付けないといけない部分です。自分の価値観や枠組みを、相談者さんに押し付けることが無いようにしなければと・・。カウンセリングの一番の基本の所を再認識。技術の勉強を重ねる私の中で、少しずつ薄れていく大事なこと。危機感を感じました。

 

私の中の「まじめさん」、そしてカウンセラーとしての成長を焦る気持ちが見えるような気がします。自分のパーソナリティは大事にしつつ、初心を忘れずコツコツと精進していきたいと思いました。

 

想定外の金額。晩ご飯が「いきなりステーキ」のお持ち帰り♪ になりました(笑)。幸せ・・・。

 

バランス


今日は仕事Bをしっかり進めて、仕事Aは来週に回すと決めて、仕事しました。決めた通りにやったんですけどね・・。

 

帰りの車の中で、しきりに心に浮かんでくるのは「仕事Aが全然進んでない・・。何でこんなに仕事が出来て無いんだろう、何で全然良いこと無いんだろう・・」と。

 

文字にすると明確に分かりますが、仕事Aが進むわけがないです。だって、朝一番でそう計画して、その通りにしたので。ついでに、良いことが全く無いみたいな思考になります。全か無かの分極思考になりがち。認知の歪みです。

 

出来てない事、良くないことばかりに目が向きます。ならば、今日出来た事、良いことはなんだっけ?

 

  • 本社の人と良い議論ができて、よい決定ができた
  • 飛び込みの仕事を上手く処理した
  • 仕事Bはバッチリ進んだ
  • ちょっと心配してた大き目の会議が上手くいった。
  • 砂肝の次に好きなトルティーヤチップスでハイボールが至極の時!
  • 夕飯が奥さん特製の挽肉てんこ盛りの麻婆豆腐!

 

こんなに良いことがあるのに、全然良いこと無いという思考になります。不思議です。もしかしたら私は恵まれ過ぎているのかも知れない。そう思ったりもします。

 

上手くいかないことも、良いこともある。良いことも見ることができる、バランス良い自分であるといいな〜と思った金曜日でした。